1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:10:05.79 ID:jtiUM60t0
「そうですね……1日だけですが、外泊許可を出しましょうか」

「ありがとうございます、先生」

貴音が入院してから数ヶ月、やっと外泊許可がおりた。

今では食事もまともに取れない身体だ。先は長くないのだろう。

きっとこれが最後の外泊になる。

だからこそ俺は、彼女に病院の中以外の景色を見せたかった。







2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:11:58.30 ID:jtiUM60t0
病室のドアをノックすると、すぐに「どうぞ」と返事が帰ってきた。

このやり取りも、もう何度目だろうか。

「貴音、外泊許可がおりたぞ。1日だけ、だけどな」

「本当ですかあなた様?」

「俺が貴音に嘘をついたことなんてあったか?」

「何度もあった気がしますが」

図星を突かれ、少し戸惑ってしまった……




3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:14:08.78 ID:jtiUM60t0
「うっ……でも今回は本当だ! どこか行きたいところはないか? あまり遠くは無理だけど、できる限りで連れて行ってやるぞ」

「……そうですね。ではあなた様の家に連れて行って頂けませんか?」

「俺の家? 遊園地とか水族館とかでも良いんだぞ。本当に俺の家で良いのか?」

貴音は笑顔で頷いた。

「よし、わかった。それじゃあ日曜の朝に迎えに行くよ。準備だけしておいてくれ」

「承知しました。あなた様、そろそろ行かなくてもよろしいのですか?」

時計を見ると、昼の13時を過ぎていた。




6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:16:04.88 ID:jtiUM60t0
今日は15時からライブ会場の下見だ。

病室にかけていたスーツの上着を取り、急いで出かける準備をする。

病室を出る前に、俺は思い出したように言った。

「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」




8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:17:52.72 ID:jtiUM60t0
日曜までは、慌ただしい日々だった。

最近は事務所も忙しく、帰って寝るだけの状態だったためか、部屋はかなり散らかっている。

「貴音が来ても恥ずかしくないようにしないとな……」

溜まっていた洗濯物を片づけ、部屋を掃除し、換気をする。

本棚にあったアレな本とDVDも押入れの奥深くへ。

これで完璧なはずだ!




10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:19:53.59 ID:jtiUM60t0
日曜の朝。

病院まで迎えに行くと、貴音は主治医と一緒に玄関で待っていた。

「おはよう貴音。私服姿は久しぶりだな」

「おはようございます。ここでは基本的にぱじゃまを着ていましたからね」

「パジャマ姿でも様になる所も貴音の良さなんだけどな」

そんな恥ずかしいやり取りをしていると、隣にいた主治医に咳払いされた。

「仲が良いのは構いませんが、あまり無茶はしないでくださいね。それと、何かあったらすぐに連絡すること。いいですね?」

「わかりました。それでは行ってきます」

そう言って俺は主治医に会釈をし、貴音を連れて病院を出た。




11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:22:05.76 ID:jtiUM60t0
家に着くと、部屋の鍵を開け貴音を招き入れる。

俺は台所へ行き、お湯を沸かす。

「日本茶でいいかな?」

「は、はい」

どうやら貴音は緊張しているらしい。その姿が少しおかしくて微笑んでしまう。

「自分の家みたいに……ってわけにはいかないと思うけど、テレビでも見てくつろいでくれて構わないんだぞ」




12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:24:24.57 ID:jtiUM60t0
雪歩に教えてもらった緑茶を入れ、リビングへ持っていく。

どうやら少しは緊張がほぐれたらしい。

ソファに座ってテレビを見ている貴音にお茶を差し出して、自分も隣りに座る。

テレビからは生っすかが流れているようだ。

「皆、頑張っているようですね」

「そうだな。でも、みんな待っているんだぞ、貴音のことを。ラーメン探訪の復活楽しみにしてますってファンレターも多いんだ」

「早く体調を整え、復帰したいものです」

「復帰祝いはラーメンでも食べに行くか?」

「約束ですよ?絶対に連れて行ってくださいね」

そんなに目を輝かさないでくれ。俺にはこんな嘘しかつけないんだ。




13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:26:09.81 ID:jtiUM60t0
いつの間にか生っすかも終わり、外が薄暗くなってきた。

「あなた様、シャワーを浴びたいのですが、よろしいですか?」

貴音の唐突な言葉に驚きを隠せなかった。

「え!? あっ……えっと……準備してくる」

俺は急いでバスタオルなどの準備をする。




14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:28:21.64 ID:jtiUM60t0
「一応風呂の前で待機してるから。何かあったら呼んでくれよ」

「覗いてはいけませんよ?」

「……少しだけでも……だめ?」

「ダメです」

釘を差されてしまった。これじゃあ生殺しじゃないか。

本当に何が起きるかわからないため、風呂の前で待機する。

覗くためじゃないぞ。違うからな。




15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:30:19.17 ID:jtiUM60t0

女性がシャワーを浴びてる音がこんなに艶かしく聞こえるなんて知らなかった。

心頭滅却すれば……なんて考えていると、風呂から聞き慣れた歌が聞こえてくる。

風花。貴音の持ち歌だ。

それは弱々しいながらも、芯の通った歌声だった。

彼女の歌を聞いたのは何ヶ月ぶりだったか。

そんなのどうだっていい。ただ、いつまでも聞いていたかった。




18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:32:05.51 ID:jtiUM60t0
貴音が風呂から出てくると、俺は拍手をした。

「どうしたのですか?」

「どうしたもこうしたもないよ。あの銀色の女王のソロライブを目の前で聞けたんだぞ。これこそプロデューサーの役得だな」

「ふふ。あなた様のためなら、たとえ火の中水の中。どこでだって歌ってみせます」

プロデューサーやっててよかったよ本当。




21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:34:04.29 ID:jtiUM60t0
月がのぼり、夜も更けてきた。

あまり無理させるわけにもいかないため、貴音をベッドに寝かせた。

「まだ寝たくありません」

「そう言うな。無理して体調崩したら困るだろ? とりあえず寝転がってるだけでいいから」

「では、あなた様の昔話を聞かせてくれませんか」

「そんなに面白い話はないぞ?」

「それでも構いません」




22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:36:09.82 ID:jtiUM60t0
俺は子供の頃の話をした。本当に面白くもなんともない話だったが、貴音は満足してくれたらしい。

そんな他愛もない話をしていると、貴音が窓辺にある空の水槽をじっと見ているのに気づいた。

「ん? 水槽がどうかしたか?」

「水を汲んできて頂けませんか?」

「構わないけど……」

訳もわからず、言われるまま水槽に水を汲み、窓辺に置いた。




25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:38:06.94 ID:jtiUM60t0
「どうして水槽に水を?」

「月を飼うのです」

「月を?」

「はい」

俺はよほど「訳がわからない」という顔をしていたのか、貴音は続けて言った。

「あなた様、水面を見てください」

「あー……なるほど」

そこには小さな月が浮かんでいた。




27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:40:21.00 ID:jtiUM60t0
そういえば、貴音は月を見るのが好きだったっけ。

「たまにはこんな月見もいいかもな」

頷く貴音と一緒に、水面の月を眺めていた。

それからどのくらい経っただろうか。ポツリと貴音が言った。

「タバコはやめてしまったのですか?」

「タバコ? ああ、出会った頃はまだ吸ってたんだっけ」

「はい。初めてあなた様に出会った時は」




28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:42:05.44 ID:jtiUM60t0
思い出した。俺が屋上でタバコを吸ってる時に貴音が月を見に来たんだ。

「その姿がどうしても忘れられないのです」

忘れられない?

「その……とてもステキでしたので」

そんなこと面と向かって言われたの初めてだ。

ヤバイ。自分の顔が赤くなってるのがわかる。

「ちょっと待っててくれ」

そう言って俺は寝室から出た。




31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:44:55.02 ID:jtiUM60t0
確かこの辺に……あった。

吸いかけのまましまったタバコとライターと灰皿。

「アイドルたちが頑張ってるんだ。俺も何かしよう」なんて考えてた時に、禁煙を始めたんだ。

中を確認すると、3本だけ残っていた。

よくやったあの頃の俺。




32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:46:18.81 ID:jtiUM60t0
「ただいま」

「急にどうしたのです?」

「タバコがまだ残ってたのを思い出したんだ」

窓辺に立ち、タバコに火をつけた。

一口吸う。1年ぶりくらいのタバコだ。

美味いとは感じないものの、すんなりと入っていくことに驚いた。




33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:48:51.07 ID:jtiUM60t0
「どうかな? 特別かっこつけた吸い方って訳でもないと思うんだけど」

「とてもステキです。惚れなおしてしまいました」

俺の顔はまた真っ赤になってるんだろうな。

「思い出した甲斐があったよ」

「ふふ。真っ赤になっているあなた様はとても愛らしいです」

嬉しいけど恥ずかしいよ。




34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:50:16.42 ID:jtiUM60t0
タバコを吸い終わると、時間は23時を回っていた。

「ほら貴音、そろそろ寝るぞ」

「あの……あなた様、私のわがままを聞いてくれませんか?」

貴音のわがままなんて可愛いものじゃないか。いくらでも聞いてみせる。誓おう。少しの無茶ならしてみせるぞ俺は。

「何なりと御申し付けください」

「このベッドで一緒に眠って頂けませんか?」




36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:52:11.06 ID:jtiUM60t0
まさかそんなわがままを……

いや、落ち着け俺。少しの無茶ならしてみせるって誓ったじゃないか。

理性を総動員してでも叶えてみせようじゃないか。

「ここですよ。ここ」

ポンポンとベッドを叩く姿がとんでもなく可愛かった。

ダメだダメだ。保って理性。




37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:54:16.96 ID:jtiUM60t0
「それじゃあ失礼します」

畏まってしまった。仕方ないだろ。

「2人で1つの布団に入ると、これほどまでに暖かいものなのですね」

「ソウデスネ」

……沈黙が痛い。

耐え切れなくなったのか、貴音が口を開く。

「もう1つだけ……もう1つだけ、私のわがままを聞いてく頂けませんか?」

ここまで来たらなんでも来いだ。

俺は無言で頷いた。




38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:56:08.78 ID:jtiUM60t0
「手を……握って欲しいのです」

ほっと胸をなでおろす。ずいぶん可愛らしいわがままじゃないか。

触れていた程度の手をしっかりと握る。

「これでいいのか?」

すると、貴音は笑顔で応えた。

「ありがとうございます。今夜はぐっすり眠れそうです」

この笑顔の為だったら、俺は何だってできる気がする。

「おやすみ」

「おやすみなさい。あなた様」

そうして俺たちは眠りについた。




40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 02:58:20.37 ID:jtiUM60t0
翌日。

貴音を病院に送り、そのまま仕事へ向かう。

次の休みにはリンゴでも持って行ってやろう。

すりおろした物なら少しくらいは食べられるはずだ。

今日の営業は響と春香だったかな。

さあ、今日も頑張ろう。

その日の深夜、貴音の病状は悪化し、息を引き取った。




42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:00:11.02 ID:jtiUM60t0
病院へ走る。

貴音は霊安室にいた。

まるで眠っているようだ。

今にも「おはようございます。あなた様」って起きだすんじゃないかって。

葬式は親族のみで行われるらしい。




44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:02:06.41 ID:jtiUM60t0
翌日。事務所に向かう。

見ていられないほど憔悴していたのか、社長から1週間の休暇を与えられた。

眠ることも、食事を摂ることもできない。

何も受け入れられない俺には、泣くことすらできなかった。




45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:04:09.05 ID:jtiUM60t0
あれから3日ほど経った。

ふと水槽の側のタバコに目が行く。

中には2本のタバコが入っていた。

俺は中の1本を取り出し、噛みちぎり飲み込んだ。

しかし、すぐに吐き気を催し台所で嘔吐する。

どうやらこの程度じゃ貴音のところへ行けないみたいだ。

寝室に戻り、ベッドに倒れ込む。

さっきの嘔吐がかなり堪えたみたいだ。

そして視界がブラックアウトした。




47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:06:28.40 ID:jtiUM60t0
ここには、あるべき物が無い。

真っすぐ伸びる1本道だけの世界。

その先に貴音が立っていた。

俺は走る。走る。走る。

届かない。どれだけ走っても、後1歩で手が届く距離が縮まらない。

声が出ない。「すぐにそっちに行く」と伝えたいのに。

ここに無い月を見上げていた貴音が、こちらに振り向き呟く。

「あなた様、皆が待っていますよ」




48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:08:17.74 ID:jtiUM60t0
目が覚めた。真っ暗な部屋を月明かりが照らしている。

どうやら眠っていたらしい。

頬が濡れているのを感じる。

「あ……あああああああああああああああ」

それに気づいた瞬間、俺は嗚咽を漏らしながら涙を流していた。




50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:10:14.68 ID:jtiUM60t0
それからどのくらいが経っただろうか。

涙も落ち着いたみたいだ。

もう一度、水槽の側のタバコに目が行く。

箱を開け、最後の1本を取り出し、火をつける。

そして水槽を持ち上げ、窓から水を捨てた。

水槽の月を彼女に帰すために。




51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:12:05.31 ID:jtiUM60t0
なあ貴音、寂しいかもしれないけど、こいつと一緒なら少しは気が紛れるだろ?

歩くようにだけど、俺もそっちに向かうからさ。

もう少しだけ待っていてくれ。



おわり




52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:12:25.89 ID:ujCdwwva0
乙!



53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:14:01.22 ID:sth5BHcB0
綺麗に終わったな。
乙。よかったら他にSS書いてたら教えてくれ




54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:14:03.82 ID:/HbVFpW50
おいおい変なSS書くなよ隣で寝てる貴音が起きるだろ






うっ・・・




55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/06/16(土) 03:14:56.20 ID:jtiUM60t0
タイトルも内容も月飼いからそのまま持って来ました
初めてのSSだったので読みにくいとかここおかしいだろって点が多かったと思います
お付き合いありがとうございました