
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:38:06.30 ID:eEvQNTrc0
私の名前は、多田李衣菜。
ロック好きの高校生。
……たぶん、それだけ。
ロックだって、別に詳しいわけじゃない。
でも、初めて聞いた時にビリビリした曲が、世間ではロックって言われてるって聞いて、ロック好きって名乗ることにした。
……そのほうが、かっこよかったし。
そんな私が、ただの李衣菜からアイドル『多田李衣菜』になったきっかけ。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:43:18.10 ID:eEvQNTrc0
大きめのヘッドホンをつけて、街を歩く。
高いヘッドホンはやっぱり違うね、なんていう話を聞いて精一杯背伸びして、
お母さんからお小遣い前借りまでしてやっと買えた8980円の贅沢品。
私に買えるのはそれがギリギリ。何万円もする『特別』なヘッドホンは手も出せなかった。
それでも、流れてくる曲がそれまでよりはずっと、強くて、重くて、贅沢なものみたいに感じた。
そんな風にぶらぶらしていたら、自分もちゅうぶらりんな気持ちになって、
暇だなぁ、なんてふと目をやった広告に、あなたもアイドルになれる、なんて文字。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:48:22.65 ID:eEvQNTrc0
李衣奈「……アイドルかぁ」
ちょっと面白そうかも。
でも、1人で応募って……なんだか「自分はアイドルになれます! すごいですよ!」なんてアピールしてるみたい。
私の好きな音楽はもっとクールなものだと思うから、微妙に気が進まない。
何よりも、これに応募して落ちたら……自意識過剰? 恥ずかしい子?
とにかく、1人ではいやだった。こういう、斜に構えるのがかっこいいとも、思ってたし。
だから、言い訳みたいに。
学校の友達何人かと「思い出作り」って名目で応募することにした。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:55:08.87 ID:eEvQNTrc0
それで、書類とか通して面接の日。
とんとん拍子に話は進んでいって、残すは最終面接だけってことになった。
うわ、すごいよね? なんてふざけていても内心は緊張感でいっぱいで。
そこでバラバラの控室をもらって、それぞれ待機なんて言われた時は緊張もピーク。
お菓子とか、いろいろ置いてあったけど、それに手を伸ばす気にはならなかった。
……ううん、なれなかった。
心臓はバクバク言ってるし、口はカラカラ。いっぱいいっぱいで目の前はグルグル。
お守り代わりに持ってきてた、ヘッドホンを取り出して耳に当てる。
流れてくる曲は、ロック。
ちょっとずつ、楽になっていくのを感じて、もう大丈夫だと顔を上げたらそこには知らない男の人が立ってた。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:00:11.98 ID:eEvQNTrc0
話を聞くと、その人は緊張してないかを確認しに来てくれたらしくて。
それぞれのとびっきりを見せてほしいから、頑張ってほしいなんて言われた。
自己紹介とか、いろいろとやらなきゃいけないことがあるってことだけはよくわかった。
よくよく考えてみたら、自己アピールとかほとんど考えてきてなくて、落ち着きかけてたのにまたグルグル。
何よりも、私が音楽に、ヘッドホンの中に逃げているところを見られたことにテンパっちゃって。
それで、出た言葉は――
李衣菜「あっ、すいません。音楽に夢中で」
なんて、完全にやらかしちゃった内容だった。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:05:05.56 ID:eEvQNTrc0
男の人がぽかんとしている。
そりゃそうだよ、緊張してないかって聞いたら「音楽に夢中で」って、ロッカーか!
……あ、でもロックな感じならいいのかなぁ?
もう、思考回路はショート済。何考えてたんだろうって我ながら反省。
そんな風にぐちゃぐちゃのまま言葉を続けた。
李衣菜「んー、自己紹介ですか? えっと、ロックなアイドル目指して頑張ります!」
李衣菜「……こんな感じでいいですか?」
よくないよ! 何言ってるんだ私!
声も半分裏返りながら、無駄に恰好つけちゃって。
男の人も、くすくす笑いながら「頑張って」なんて言ってどこかへいっちゃった。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:09:59.38 ID:eEvQNTrc0
そのあとの本面接の内容は覚えてない。
やらかしちゃったことだけは覚えているけど、どんなポカだったのかも曖昧。
友達が、「受かってアイドルになっちゃったらどうしよう?」なんて話してる中1人だけ肩を落として歩いてた。
それがあんまりにもひどかったのか、ハンバーガーをおごってもらったけど、
いろいろといっぱいで、食べられなかった。
これで私のアイドルへの憧れは終わり。
まぁ、なんとなく気になっただけだし、仕方ない。
悔しくなんて、これっぽっちもない、って言い訳して。
家でまた、ヘッドホンの中に逃げた。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:13:04.77 ID:eEvQNTrc0
数日後、学校で。
友達が「結果の通知、見た?」って聞いてきた。
すっかり諦めて忘れてたからわかんないって答えたけど、
友達は全員落ちちゃったらしいし私もダメだろうなって思ってた。
……思ってはいたけど。
一応、本当に一応。家に帰ってすぐに確認をしてみた。
結果は――
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:17:06.94 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「う……ウヒョー♪」
思わず奇声をあげちゃった。
そこに書いてあったのは「合格」の2文字。
李衣菜「ゆ、夢? ドッキリとか? お母さん! ほっぺつねって! いたたた……」
や、やっぱり痛い! 夢じゃない!
……は、いいとして、どうすればいいんだろう?
よく読んでみると、その紙には次に事務所に行く日が書かれてた。
レッスンとかするのかな? ジャージはあんまりかっこよくないよな。
そんなことを考えながら、準備。
あっという間にできて、我ながらやればできるじゃん、なんて感心しちゃった。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:20:12.48 ID:eEvQNTrc0
あっという間に週末。
荷物と一緒に整理したはずの心が、またばらばらと崩れて緊張。
ここに来るのは二度目だけど、改めてみても大きな建物。
友達には、頑張れって応援してもらえて、余裕だよなんて笑ったけど。
今更また足が震える。
緊張に飲み込まれそうになる。
プレイヤーの音量を上げて、ヘッドホンを強く押し当て、深呼吸。
……うん、落ち着いた。
ドアの前にたって、開ける。
李衣菜「た、たのもーっ!」
誰かがずっこける音が聞こえた。
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:25:37.06 ID:eEvQNTrc0
「な、なんやねん……」
くるくる巻き毛の女の子。私と同じぐらいの年かな?
その子が立ち上がりながらこっちを見ている。
「つい、でなんで道場破りみたいなんねんっ!」
ぺし、と軽くツッコミをうける。それにこの口調は……関西弁?
「まぁええわ。自分、いいもん持っとるやん?」
李衣菜「あ、うん……ありがとう?」
よくわからないけど、褒められた。うん、嬉しい。
「ひょっとして、今日来るっちゅうもう1人って自分のこと?」
李衣菜「え、ってことは……あなたもアイドル、なの?」
思わず言ってしまった。女の子がちょっと頬を膨らませる。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:31:59.90 ID:eEvQNTrc0
「芸人ちゃうでー。歌って踊って笑えるアイドル候補生やでー」
李衣菜「あ、いや。そういう意味じゃなくて……」
そう、目の前の女の子は可愛いんだ。
だけどいきなり親しげに話しかけられて面喰っちゃっただけで……
「あはは、冗談やって。気にせんとええよ、真面目なやっちゃなぁ」
李衣菜「えっ?」
目の前の子がケラケラと笑う。
ま、真面目だなんて……私は!
李衣菜「そ、そんなことないよ! 私はロックだから!」
「なるほど、ロックいうん? よろしゅう」
李衣菜「名前じゃないよ!」
「うん、知っとる」
李衣菜「あぁーっ、もうっ!」
ロックにいこうと思ってたのに、調子が狂っていつもの感じ。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:37:30.55 ID:eEvQNTrc0
「ところで、自分。ほんまはなんていうん?」
李衣菜「……李衣菜。多田李衣菜」
「りーなかぁ……ウチは笑美。難波笑美や」
李衣菜「笑美……」
えみ。名は体を表す、っていうけど……確かに、笑顔や笑いにあふれてそうな人だなって思った。
笑美「そ、美しく笑うと書いて笑美や!」
李衣菜「う、うん……いい名前だね」
笑美「せやろー? へっへー、結構気にいっとんねん」
李衣菜「……まぁ、よろしくね」
笑美「ん、よろしゅう」

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:44:23.23 ID:eEvQNTrc0
笑美「しかし、りーなはいいセンスしとるでー」
李衣菜「別に、それほどでもない」
笑美「そっけないなぁ……どしたん?」
う。今更ロックに戻ろうとしてもダメかな……
ちょっと改めて、カッコつけてみたんだけど。
李衣菜「わ、私はロックなアイドルになるから。そういうセンスは無くていいんだよ……だぜ?」
笑美「なんで疑問形やねんっ」
ぺし、とまたツッコミ。
笑美「しかしロックなぁ……まぁそこはプロデューサーはんが決めるとことちゃうん?」
李衣菜「そ、そこは……私のロックに触れればきっと、わかってもらえるよ!」
ロックって何か、よくわかってないけれど。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:48:39.18 ID:eEvQNTrc0
笑美「せやろか? まぁ……どう思うん? プロデューサーはん」
李衣菜「え?」
よく見たら奥のほうに男の人が立っていた。
その顔は、どこかで……いや、確かに、見覚えがある!
李衣菜「あ……あぁっ! そうだ、面接の人!」
そう、私が面接前に緊張しすぎて変な態度とっちゃった男の人!
その人が笑っていた。
……っていうか、プロデューサー? 本当に?
今までのやり取りも、入る時の「たのもー!」も見られて、聞かれてたと思うと顔が熱くなる。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:55:44.71 ID:eEvQNTrc0
結局その日は簡単なお話だけで終わった。
レッスンの内容とか、やる気の確認とか、書類がどうこうとか。
話の半分ぐらいは頭から抜けてっちゃったけど。
それで、帰る前にプロデューサーに聞いてみた。
「どうして私だけ、採用だったんですか」って。
友達のほうが、可愛かっただろうし、歌も上手かったと思うから。
そしたらプロデューサーは、
「君が一番やる気があるように見えたから」って答えた。
お見通しだったみたいで恥ずかしい。
もっとロックにならなきゃかなぁ……
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:04:48.88 ID:eEvQNTrc0
笑美「はー、これでウチらもアイドル……一歩手前やなぁ」
李衣菜「うん、そうだね」
話が終わった後、なんとなく笑美ちゃんと一緒に歩いてた。
聞くと、アイドルになるために上京してきたとかなんとか……
笑美「まぁ、ウチの場合プロデューサーはんがスカウトしたんもあるやけどな」
李衣菜「そうなの?」
笑美「うん、地元でちょっとした看板娘とかしとったんよ」
李衣菜「へぇ……」
すごいな、と素直に思う。
人前に立つのに慣れているってことだし。
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:13:29.30 ID:eEvQNTrc0
笑美「そんでプロデューサーはんが、ここに評判の看板娘がーゆうて、乗り込んできてな」
笑美「『アイドルに興味ないか?』なんて。おもろいやろ?」
李衣菜「……すごいね」
プロデューサーも、笑美ちゃんも。
大阪までスカウトしにいっちゃうプロデューサーの熱意。
大阪までスカウトにいこうと思わせる笑美ちゃんの素質。
私にはあるのかな。どうなんだろう?
割と、物静かそうなプロデューサーだと思ってたけど勘違いだったのかも。
笑美「まぁ、おとんには反対されたんやけどなー。結局おかんと一緒に頼み込んでオッケーもろて、寮住みや」
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:19:34.16 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「寮か……」
笑美「1人暮らしやなー。さびしゅうないいうたら嘘になるけど。ドキドキはしとるで」
李衣菜「あれ? ってことは学校は?」
笑美「なんや、都合つけてくれたらしくて転校することになったんやけど……」
李衣菜「へぇ……」
笑美「なぁ、りーな。白雪高等学校って知っとる?」
李衣菜「えぇっ!?」
思わず大きな声がでた。だってそこは……
笑美「な、なんやねん……なんかあったん?」
李衣菜「だ、だってそこ……私の通ってる高校だよ」
笑美「なんやて!?」
すごい偶然だと思う。
これも、運命……いや、ロックなのかな?
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:28:02.89 ID:eEvQNTrc0
笑美「ならクラスメイトになるかもしれへんのやなぁ……」
李衣菜「わ、わかんないけどね」
笑美「でもま、そう思うたら楽になったわ。……そんじゃ、ウチこっちやから。またな!」
李衣菜「あ、うん! またね」
駅でお別れをして、帰路につく。
アイドルかぁ……いや、まだデビューしてないけど。
やっぱりふわふわしてて夢みたいだな、と思った。
李衣菜「よしっ……うん、頑張ろう!」
ヘッドホンを装着して、音楽再生。
家までの道のりは、少し短く感じた。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:38:32.06 ID:eEvQNTrc0
それで、翌日。
学校では転校生の噂が持ち上がっていた。
……うーん、でもやっぱりうちのクラスに来る、なんてことは……
笑美「転校生の難波笑美いいます。よろしゅう!」
あった。
笑美「あ、りーな! ほんま偶然やなぁ! これもロックゆうんかな?」
それで、目もあった。
結果、朝のHRが終わってから私を含めて質問攻めをうけることになっちゃった。
でも特別な人になったみたいでちょっとだけ嬉しかったりして。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:47:01.55 ID:eEvQNTrc0
笑美「ま、これで話やすうなってよかったな」
李衣菜「でも疲れたー、はぁ……」
笑美「そんなんやとやってけへんでー」
李衣菜「そうかなぁ……うん、そうだね」
それもそうかも。
だって、アイドルになれば……
笑美「アイドルなったら、もう街歩いとるだけであんなんなるんやで?」
李衣菜「そう、だね」
私だって人気者がいたら、思わず声をかけたくなっちゃう。
だから、ほかの人だってきっとそうだ。
……まだデビューもしてないのに心配するのは早いかもしれないけど。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:53:53.92 ID:eEvQNTrc0
それでもって、放課後。
笑美ちゃんへの質問攻めも少しばかり薄くなった頃。
笑美「ほな、レッスンいこか?」
李衣菜「うん……」
既に疲れはすごいことになっていたけど。
初レッスンでもあるわけだしはりきっていくことにした。
どんな内容なんだろう?
私でもやっていけるのかな?
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:04:21.68 ID:eEvQNTrc0
レッスンはトレーナーさんがコーチしてくれた。
声の出し方だとか、ステップの踏み方だとか。
基礎の基礎なんだろうけど、うまくやるのは大変で。
笑美ちゃんも苦戦してるみたいだった。
笑美「はぁ……うまくいかへんなぁ……」
李衣菜「難しいね……はぁ」
思ってたよりも、ずっと。
アイドルって、大変なのかな。
ロックバンドとか、楽器の演奏ってもっと大変なんだろうな……
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:14:29.48 ID:eEvQNTrc0
結局、満足いく内容にはならなかったけどその日のレッスンは終わり。
基礎の基礎を、それなりにできるようにはなった、かもしれない。
笑美「いやー、アイドルなめとったわ……しんど」
李衣菜「そうだね……笑美ちゃん、ポカリ飲む?」
笑美「お、おおきに。……ちゃんづけやめてええってば」
李衣菜「あ、ごめん……笑美?」
笑美「そうそう。ウチかてりーなのこと呼び捨てなんやから」
どうも、むずむずする。呼び捨てって、最初のタイミング逃すと難しい……
いや、笑美ちゃんはいいって言ってるんだけれど。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:27:15.42 ID:eEvQNTrc0
それからまた、数日たって。
笑美ちゃんが学校に馴染んで、質問攻めもなくなって。
レッスンも少しだけ慣れてきた。
笑美「りーなはええ声しとんなぁ」
李衣菜「笑美はいいステップ踏むよね」
笑美「ロック?」
李衣菜「んー、まだロックってほどではないかな」
笑美「さよか……で、ロックってなんなん?」
李衣菜「……ここに響く感じ、だと思う?」
笑美「そこ疑問形にしたらあかんやろっ」
ぺし、とツッコミ。
こんな風に少しふざける余裕があるぐらいには。
……で、ロックってなんだろう?
ロックになりたいとは思ってたけど、よく考えたらなんなのかわかんないや。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:39:24.46 ID:eEvQNTrc0
笑美ちゃんとわかれて、電車に揺られて。
地元の駅前で、奇抜な髪形の女の人を見かけた。
年は私とそんなに変わらないだろうけど、立派なリーゼント。
すれ違っただけだけど、なんかビビっと来た。
あれは……ロックだ。うん、見た目が。
……という話を、翌日学校で笑美ちゃんに話してみたところ。
笑美「それってあれちゃう? ライバル事務所の……聞いたことある気がするで」
李衣菜「え、そうなの?」
笑美「ふっふーん、時は金なり、や。笑いには情報も必要なんやで」
あの人、アイドルなのか……すごいなぁ。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:50:04.82 ID:eEvQNTrc0
それからも少しずつレッスン、レッスン。
歌も歌えるようになって、ステップも踏めるようになった。
……まだまだ、未熟だけど。
プロデューサーからもそろそろ、活動を始めてみるかって聞かれて考える。
確かに、デビューもしてみたいけど……でも。
そう答えたら、じゃあほかのアイドルを見てみるか、って聞かれた。
他のアイドル。華々しく輝いてる、765プロや、961プロの人たちのことを想像したけど、違うって言われた。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:57:49.07 ID:eEvQNTrc0
じゃあ、どんな?
……近くの、事務所。うちとほぼ同規模のところから最近デビューしたアイドル。
そんな人がいるって聞いた。
いろいろと、参考になるだろうって。
李衣菜「……それって」
笑美「ひょっとしたら、りーなが見たっちゅう人のことかもしれへんなぁ……」
李衣菜「あの、ロックな髪形の人だね」
アイドルだとしたら、リーゼントのままなのかな?
それとも、髪を下してたりするのかな?
ちょっと、気になった。
笑美「プロデューサーはん! ウチ気になるしいきたい!」
あ、先を越された。
プロデューサーに、私も行きたいと伝えるとわかった、と笑った。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:06:59.18 ID:eEvQNTrc0
割ととんとん拍子で話は進んだ。
……といっても、ミニライブに観客として見に行っただけなんだけれど……
その人は、相変わらずリーゼントで、すごく楽しそうに歌っていた。
観客は、ほとんどいなかったのに。
木村夏樹。それがあの人の名前。
一緒に歌ってたのは松永涼、っていう人らしい。
笑美「はぁ……ウチらよりうまいかも……ってりーな? どないしたん?」
李衣菜「……今の私たちだと、これよりももっとお客さん、来ませんよね」
プロデューサーに質問をしてみた。
少し考えた後、YESの返事。
それもそうだ、私たちより上手くて、先にデビューしてた人がこれぐらいなんだから。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:15:10.66 ID:eEvQNTrc0
笑美「なんや、ずいぶん弱気やなぁ……」
李衣菜「うん……」
あの2人が歌ってた曲はロックだった。
……お客さんはあんまりいなかった。
アイドルを見に来た人に、ロックは受けないのかな、なんて思ってしまう。
ロックなアイドルを目指したいと思ってたけど、私はロックに詳しくない。
かっこいいと思うから聞いてるだけで、種類もよく、わかってない。
だったら、いっそ。普通のアイドル路線のほうがお客さんも呼べるのかな……なんて。
笑美「……悩んどるんなら話してな。ウチら、パートナーやろ?」
李衣菜「あ、うん……ありがと」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:23:56.55 ID:eEvQNTrc0
プロデューサーからも、もう少しレッスンをしてみようか、って提案された。
私には、まだ自信がない。ロックなアイドルって、うまくいかないかもって思ってしまったから。
うまくいきたいと、有名になりたいと思ってロックなアイドルになる、って言ったわけじゃないけれど、
先が見えないとこんなに不安になるんだなって思う。
私がしたいのは、なんだろう?
そんな風に悩みながら、家に帰る途中。また、あの人を見かけた。
立派なリーゼントに、私より一回りぐらい大きな背。
ロックな雰囲気をまとっている……木村、夏樹。

67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:26:47.72 ID:eEvQNTrc0
夏樹「……ん?」
李衣菜「あっ……」
目が合った。
すぐにそっぽを向いて知らんぷりすればいいのに、目がそらせない。
向こうも、少し考えたそぶりをした後こっちに近づいてくる……って、なんで!?
夏樹「なぁ、アンタ」
李衣菜「は、はいっ?」
また声が裏返る。
夏樹「ひょっとして、今日のライブ見に来てくれてなかったか?」
李衣菜「……へ?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:33:40.04 ID:eEvQNTrc0
夏樹「あっれ、勘違いかな……悪ぃ」
李衣菜「あ、いや! その! 見てました!」
夏樹「あ、やっぱり? よかったぁ……はは、そのヘッドホン。覚えてるよ」
私のお守りのヘッドホン。これが見つかる理由になるなんて……くぅ。
でも、向こうは私のことを知らないみたいだし、別に……平気だ。
夏樹「よかったらさ、感想とか教えてくれねぇかな?」
李衣菜「感想って……」
夏樹「アタシらのライブ。どうだったよ?」
李衣菜「あ……それは……」
ど、どうしよう? こんなに親しげに来られると……困るんだけどなぁ。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:39:57.86 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「私は……ロックとか、好きですけど」
夏樹「ホントか!? ジャンルは? 曲は? UK? ハード? パンク? プログレッシブ?」
李衣菜「え? え?」
な、なにそれ知らない! ロックってそんなに種類あるの!?
夏樹「っと、悪い……つい。えーっと、ロック好きなんだよな?」
李衣菜「あ、うん……いちおう……」
夏樹「そんじゃあまぁ、率直に聞くけど……どう思った?」
どうって、それは……うまく言葉にはできないけど。
李衣菜「えっと……すごくロックだった、かな?」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:47:58.91 ID:eEvQNTrc0
夏樹「ん、そっか……ならいいか。サンキュ」
李衣菜「え、あの」
夏樹「ん? どうした?」
李衣菜「……ロックで、アイドルなんて難しいんじゃないかな」
夏樹「あぁ、やっぱりそう思う?」
李衣菜「うん。だってロックって、普通の人は聞かないじゃん」
夏樹「……んー」
夏樹さんが顎に手をやって考える。
正直に、自分の考えをぶつけちゃった。
アイドルなのに、ロックなんて流行らないんじゃないか。
だって、普通の人って興味ないし。ロックは、かっこいいけど、可愛くはないから。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:55:53.75 ID:eEvQNTrc0
夏樹「アタシは……まぁ、これは持論だけどさ」
夏樹さんがぽつぽつと、話し始める。
夏樹「ロックって、曲調のことじゃないと思うんだよな」
李衣菜「じゃあ、何のことだと思うの?」
もう一回、質問。
夏樹「……難しいけどさ、それはそれぞれの中にあるんじゃないかな」
李衣菜「それぞれの中に……?」
夏樹「そ、アタシの中のロックはあれだってこと……まだ十分には表現できてないけど」
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:02:46.82 ID:eEvQNTrc0
夏樹「自分の魂が震えりゃロックだよ。世間でポップスって言われてたり、たとえ演歌でもさ」
李衣菜「魂が、震える……」
夏樹「だからアタシは、アタシが好きな曲を歌う。それで誰かが夢中になってくれりゃうれしいしさ」
李衣菜「……」
魂が、震える。私が、初めて聞いたとき。ビリビリってして、夢中になった。
私は、きちんとロックを好きになってたのかもしれない。
あの時の、衝撃を。忘れてたかもしれない。
夏樹「って、まだまだなんだけどな。ファンにこんなこと話しても……」
李衣菜「ファンじゃないよ」
夏樹「……なんだって?」
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:06:06.86 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「なつきち!」
夏樹「は?」
李衣菜「私の名前は多田李衣菜……アイドル、見習い! ライバルだから! ファンじゃない!」
夏樹「……アンタ、アイドルだったのか?」
李衣菜「まだ候補だけど! でも負けない!」
夏樹「負けないってなぁ……」
李衣菜「私もロックだから!」
夏樹「……へぇ」
少し、表情が変わる。
試すような視線。
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:10:59.17 ID:eEvQNTrc0
夏樹「負けないって、具体的にどうする気だ?」
李衣菜「それは……」
……考えてなかった。どうしよう?
李衣菜「えっと……それは……」
夏樹「……ま、いいや。アタシのこと、なんて?」
李衣菜「え? えっと……」
呼び捨てしようと思ったら、ちょっとひるんで、それで……出た言葉は……
李衣菜「な、なつきち……?」
夏樹「なつきち、か……ん。ただりいな、だっけ」
李衣菜「そ、そうだよ」
夏樹「じゃあ、だりー。アタシらはライバルってことでいいんだな?」
李衣菜「だ、だりー?」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:16:31.61 ID:eEvQNTrc0
夏樹「なんだ、あだ名じゃないのかよ?」
李衣菜「あ……そ、そうそう! そういうことだよ!」
夏樹「……」
李衣菜「な、なにさその視線! わ、私はロックだからね! 負けないから!」
夏樹「わかってるっての。じゃあ、今度はアンタのライブに招待してくれよ」
李衣菜「も、もちろん!」
答えちゃった……言っちゃった。
もう、後には引けない。
やるしか、ない。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:23:34.93 ID:eEvQNTrc0
なつきちと、番号の交換。
それで、別れた。
別れてすぐに、また携帯を取り出して、電話帳を呼び出す。
パートナーに、ライバルへ喧嘩を売っちゃったことを伝える。
笑美『……はぁ、ほんま、りーなは時々暴走すんねんな……』
李衣菜「だ、だって、こう、ぐわーって! ぐわーって来たんだよ! これはもう、言わなきゃって思うよね!?」
笑美『あぁ、別に反対しとるわけやないで? ウチかてそないなことになったらいってまうわ』
李衣菜「で、でしょー?」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:29:12.61 ID:eEvQNTrc0
笑美『で、やる気まんまんはええけど自信は?』
李衣菜「ないかも?」
笑美『ないんかいっ!』
電話の向こうからいつもの調子の言葉が聞こえる。
あぁ、落ち着くな。漫才も、慣れてきちゃった。
李衣菜「でもさ、やりたいって思うことに全力出すのって……」
笑美『ロックやな』
李衣菜「あっ、先に言われた!?」
笑美『ええやん……ウチかて、パートナーならロックやないと、やろ?』
李衣菜「……それもそうかなぁ?」
笑美『せや。やから、りーなもボケとツッコミできるようにならんと、やでー』
李衣菜「それはおかしくないかな!?」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:41:07.89 ID:eEvQNTrc0
それから、他愛ない内容の話をして。
明日はオフだけど、事務所に行くことにした。
それで、プロデューサーに言うんだ。
覚悟は決まったって。それで、私のロックをみんなに届ける!
どんな曲が歌いたいかはまだ、よくわかってないけど。
可愛い衣装とか、曲だったとしても。
きっとそれが誰かのロックになれるって思うから。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:45:04.89 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「私のロックで、あなたをロック、なんてどうかな?」
笑美『……6点』
李衣菜「ひくいっ!?」
笑美『あ、100点満点でやから安心してーな』
李衣菜「なお悪いよ!? もうっ……」
笑美『ま、ええやん? ……がんばろな』
李衣菜「当然! 全力で伝えるよ、私たちのロック!」
ロック・フォー・ユー。
私のロックが、届きますように。
おわり
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:46:06.65 ID:eEvQNTrc0
予定より短縮。にわかでもいい、強く育ってほしい
だりーなCDデビューおめでとうっ!
保守支援ありがとうございました!
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:46:38.54 ID:M21YgLxK0
お疲れ様
こういう丁寧なのが増えるといいな
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:48:57.96 ID:USD0Fi520
おつおつ。CDデビューおめでとう
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:52:38.79 ID:i6mBE3gK0
乙 いい誕生秘話だった
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 19:01:52.39 ID:CEykqpm9O
だりーな!だりーな!だりーな!だりーな!だりーなよかった!
乙!
大きめのヘッドホンをつけて、街を歩く。
高いヘッドホンはやっぱり違うね、なんていう話を聞いて精一杯背伸びして、
お母さんからお小遣い前借りまでしてやっと買えた8980円の贅沢品。
私に買えるのはそれがギリギリ。何万円もする『特別』なヘッドホンは手も出せなかった。
それでも、流れてくる曲がそれまでよりはずっと、強くて、重くて、贅沢なものみたいに感じた。
そんな風にぶらぶらしていたら、自分もちゅうぶらりんな気持ちになって、
暇だなぁ、なんてふと目をやった広告に、あなたもアイドルになれる、なんて文字。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:48:22.65 ID:eEvQNTrc0
李衣奈「……アイドルかぁ」
ちょっと面白そうかも。
でも、1人で応募って……なんだか「自分はアイドルになれます! すごいですよ!」なんてアピールしてるみたい。
私の好きな音楽はもっとクールなものだと思うから、微妙に気が進まない。
何よりも、これに応募して落ちたら……自意識過剰? 恥ずかしい子?
とにかく、1人ではいやだった。こういう、斜に構えるのがかっこいいとも、思ってたし。
だから、言い訳みたいに。
学校の友達何人かと「思い出作り」って名目で応募することにした。
13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 13:55:08.87 ID:eEvQNTrc0
それで、書類とか通して面接の日。
とんとん拍子に話は進んでいって、残すは最終面接だけってことになった。
うわ、すごいよね? なんてふざけていても内心は緊張感でいっぱいで。
そこでバラバラの控室をもらって、それぞれ待機なんて言われた時は緊張もピーク。
お菓子とか、いろいろ置いてあったけど、それに手を伸ばす気にはならなかった。
……ううん、なれなかった。
心臓はバクバク言ってるし、口はカラカラ。いっぱいいっぱいで目の前はグルグル。
お守り代わりに持ってきてた、ヘッドホンを取り出して耳に当てる。
流れてくる曲は、ロック。
ちょっとずつ、楽になっていくのを感じて、もう大丈夫だと顔を上げたらそこには知らない男の人が立ってた。
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:00:11.98 ID:eEvQNTrc0
話を聞くと、その人は緊張してないかを確認しに来てくれたらしくて。
それぞれのとびっきりを見せてほしいから、頑張ってほしいなんて言われた。
自己紹介とか、いろいろとやらなきゃいけないことがあるってことだけはよくわかった。
よくよく考えてみたら、自己アピールとかほとんど考えてきてなくて、落ち着きかけてたのにまたグルグル。
何よりも、私が音楽に、ヘッドホンの中に逃げているところを見られたことにテンパっちゃって。
それで、出た言葉は――
李衣菜「あっ、すいません。音楽に夢中で」
なんて、完全にやらかしちゃった内容だった。
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:05:05.56 ID:eEvQNTrc0
男の人がぽかんとしている。
そりゃそうだよ、緊張してないかって聞いたら「音楽に夢中で」って、ロッカーか!
……あ、でもロックな感じならいいのかなぁ?
もう、思考回路はショート済。何考えてたんだろうって我ながら反省。
そんな風にぐちゃぐちゃのまま言葉を続けた。
李衣菜「んー、自己紹介ですか? えっと、ロックなアイドル目指して頑張ります!」
李衣菜「……こんな感じでいいですか?」
よくないよ! 何言ってるんだ私!
声も半分裏返りながら、無駄に恰好つけちゃって。
男の人も、くすくす笑いながら「頑張って」なんて言ってどこかへいっちゃった。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:09:59.38 ID:eEvQNTrc0
そのあとの本面接の内容は覚えてない。
やらかしちゃったことだけは覚えているけど、どんなポカだったのかも曖昧。
友達が、「受かってアイドルになっちゃったらどうしよう?」なんて話してる中1人だけ肩を落として歩いてた。
それがあんまりにもひどかったのか、ハンバーガーをおごってもらったけど、
いろいろといっぱいで、食べられなかった。
これで私のアイドルへの憧れは終わり。
まぁ、なんとなく気になっただけだし、仕方ない。
悔しくなんて、これっぽっちもない、って言い訳して。
家でまた、ヘッドホンの中に逃げた。
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:13:04.77 ID:eEvQNTrc0
数日後、学校で。
友達が「結果の通知、見た?」って聞いてきた。
すっかり諦めて忘れてたからわかんないって答えたけど、
友達は全員落ちちゃったらしいし私もダメだろうなって思ってた。
……思ってはいたけど。
一応、本当に一応。家に帰ってすぐに確認をしてみた。
結果は――
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:17:06.94 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「う……ウヒョー♪」
思わず奇声をあげちゃった。
そこに書いてあったのは「合格」の2文字。
李衣菜「ゆ、夢? ドッキリとか? お母さん! ほっぺつねって! いたたた……」
や、やっぱり痛い! 夢じゃない!
……は、いいとして、どうすればいいんだろう?
よく読んでみると、その紙には次に事務所に行く日が書かれてた。
レッスンとかするのかな? ジャージはあんまりかっこよくないよな。
そんなことを考えながら、準備。
あっという間にできて、我ながらやればできるじゃん、なんて感心しちゃった。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:20:12.48 ID:eEvQNTrc0
あっという間に週末。
荷物と一緒に整理したはずの心が、またばらばらと崩れて緊張。
ここに来るのは二度目だけど、改めてみても大きな建物。
友達には、頑張れって応援してもらえて、余裕だよなんて笑ったけど。
今更また足が震える。
緊張に飲み込まれそうになる。
プレイヤーの音量を上げて、ヘッドホンを強く押し当て、深呼吸。
……うん、落ち着いた。
ドアの前にたって、開ける。
李衣菜「た、たのもーっ!」
誰かがずっこける音が聞こえた。
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:25:37.06 ID:eEvQNTrc0
「な、なんやねん……」
くるくる巻き毛の女の子。私と同じぐらいの年かな?
その子が立ち上がりながらこっちを見ている。
「つい、でなんで道場破りみたいなんねんっ!」
ぺし、と軽くツッコミをうける。それにこの口調は……関西弁?
「まぁええわ。自分、いいもん持っとるやん?」
李衣菜「あ、うん……ありがとう?」
よくわからないけど、褒められた。うん、嬉しい。
「ひょっとして、今日来るっちゅうもう1人って自分のこと?」
李衣菜「え、ってことは……あなたもアイドル、なの?」
思わず言ってしまった。女の子がちょっと頬を膨らませる。
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:31:59.90 ID:eEvQNTrc0
「芸人ちゃうでー。歌って踊って笑えるアイドル候補生やでー」
李衣菜「あ、いや。そういう意味じゃなくて……」
そう、目の前の女の子は可愛いんだ。
だけどいきなり親しげに話しかけられて面喰っちゃっただけで……
「あはは、冗談やって。気にせんとええよ、真面目なやっちゃなぁ」
李衣菜「えっ?」
目の前の子がケラケラと笑う。
ま、真面目だなんて……私は!
李衣菜「そ、そんなことないよ! 私はロックだから!」
「なるほど、ロックいうん? よろしゅう」
李衣菜「名前じゃないよ!」
「うん、知っとる」
李衣菜「あぁーっ、もうっ!」
ロックにいこうと思ってたのに、調子が狂っていつもの感じ。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:37:30.55 ID:eEvQNTrc0
「ところで、自分。ほんまはなんていうん?」
李衣菜「……李衣菜。多田李衣菜」
「りーなかぁ……ウチは笑美。難波笑美や」
李衣菜「笑美……」
えみ。名は体を表す、っていうけど……確かに、笑顔や笑いにあふれてそうな人だなって思った。
笑美「そ、美しく笑うと書いて笑美や!」
李衣菜「う、うん……いい名前だね」
笑美「せやろー? へっへー、結構気にいっとんねん」
李衣菜「……まぁ、よろしくね」
笑美「ん、よろしゅう」

32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:44:23.23 ID:eEvQNTrc0
笑美「しかし、りーなはいいセンスしとるでー」
李衣菜「別に、それほどでもない」
笑美「そっけないなぁ……どしたん?」
う。今更ロックに戻ろうとしてもダメかな……
ちょっと改めて、カッコつけてみたんだけど。
李衣菜「わ、私はロックなアイドルになるから。そういうセンスは無くていいんだよ……だぜ?」
笑美「なんで疑問形やねんっ」
ぺし、とまたツッコミ。
笑美「しかしロックなぁ……まぁそこはプロデューサーはんが決めるとことちゃうん?」
李衣菜「そ、そこは……私のロックに触れればきっと、わかってもらえるよ!」
ロックって何か、よくわかってないけれど。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:48:39.18 ID:eEvQNTrc0
笑美「せやろか? まぁ……どう思うん? プロデューサーはん」
李衣菜「え?」
よく見たら奥のほうに男の人が立っていた。
その顔は、どこかで……いや、確かに、見覚えがある!
李衣菜「あ……あぁっ! そうだ、面接の人!」
そう、私が面接前に緊張しすぎて変な態度とっちゃった男の人!
その人が笑っていた。
……っていうか、プロデューサー? 本当に?
今までのやり取りも、入る時の「たのもー!」も見られて、聞かれてたと思うと顔が熱くなる。
37 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 14:55:44.71 ID:eEvQNTrc0
結局その日は簡単なお話だけで終わった。
レッスンの内容とか、やる気の確認とか、書類がどうこうとか。
話の半分ぐらいは頭から抜けてっちゃったけど。
それで、帰る前にプロデューサーに聞いてみた。
「どうして私だけ、採用だったんですか」って。
友達のほうが、可愛かっただろうし、歌も上手かったと思うから。
そしたらプロデューサーは、
「君が一番やる気があるように見えたから」って答えた。
お見通しだったみたいで恥ずかしい。
もっとロックにならなきゃかなぁ……
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:04:48.88 ID:eEvQNTrc0
笑美「はー、これでウチらもアイドル……一歩手前やなぁ」
李衣菜「うん、そうだね」
話が終わった後、なんとなく笑美ちゃんと一緒に歩いてた。
聞くと、アイドルになるために上京してきたとかなんとか……
笑美「まぁ、ウチの場合プロデューサーはんがスカウトしたんもあるやけどな」
李衣菜「そうなの?」
笑美「うん、地元でちょっとした看板娘とかしとったんよ」
李衣菜「へぇ……」
すごいな、と素直に思う。
人前に立つのに慣れているってことだし。
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:13:29.30 ID:eEvQNTrc0
笑美「そんでプロデューサーはんが、ここに評判の看板娘がーゆうて、乗り込んできてな」
笑美「『アイドルに興味ないか?』なんて。おもろいやろ?」
李衣菜「……すごいね」
プロデューサーも、笑美ちゃんも。
大阪までスカウトしにいっちゃうプロデューサーの熱意。
大阪までスカウトにいこうと思わせる笑美ちゃんの素質。
私にはあるのかな。どうなんだろう?
割と、物静かそうなプロデューサーだと思ってたけど勘違いだったのかも。
笑美「まぁ、おとんには反対されたんやけどなー。結局おかんと一緒に頼み込んでオッケーもろて、寮住みや」
43 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:19:34.16 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「寮か……」
笑美「1人暮らしやなー。さびしゅうないいうたら嘘になるけど。ドキドキはしとるで」
李衣菜「あれ? ってことは学校は?」
笑美「なんや、都合つけてくれたらしくて転校することになったんやけど……」
李衣菜「へぇ……」
笑美「なぁ、りーな。白雪高等学校って知っとる?」
李衣菜「えぇっ!?」
思わず大きな声がでた。だってそこは……
笑美「な、なんやねん……なんかあったん?」
李衣菜「だ、だってそこ……私の通ってる高校だよ」
笑美「なんやて!?」
すごい偶然だと思う。
これも、運命……いや、ロックなのかな?
44 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:28:02.89 ID:eEvQNTrc0
笑美「ならクラスメイトになるかもしれへんのやなぁ……」
李衣菜「わ、わかんないけどね」
笑美「でもま、そう思うたら楽になったわ。……そんじゃ、ウチこっちやから。またな!」
李衣菜「あ、うん! またね」
駅でお別れをして、帰路につく。
アイドルかぁ……いや、まだデビューしてないけど。
やっぱりふわふわしてて夢みたいだな、と思った。
李衣菜「よしっ……うん、頑張ろう!」
ヘッドホンを装着して、音楽再生。
家までの道のりは、少し短く感じた。
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:38:32.06 ID:eEvQNTrc0
それで、翌日。
学校では転校生の噂が持ち上がっていた。
……うーん、でもやっぱりうちのクラスに来る、なんてことは……
笑美「転校生の難波笑美いいます。よろしゅう!」
あった。
笑美「あ、りーな! ほんま偶然やなぁ! これもロックゆうんかな?」
それで、目もあった。
結果、朝のHRが終わってから私を含めて質問攻めをうけることになっちゃった。
でも特別な人になったみたいでちょっとだけ嬉しかったりして。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:47:01.55 ID:eEvQNTrc0
笑美「ま、これで話やすうなってよかったな」
李衣菜「でも疲れたー、はぁ……」
笑美「そんなんやとやってけへんでー」
李衣菜「そうかなぁ……うん、そうだね」
それもそうかも。
だって、アイドルになれば……
笑美「アイドルなったら、もう街歩いとるだけであんなんなるんやで?」
李衣菜「そう、だね」
私だって人気者がいたら、思わず声をかけたくなっちゃう。
だから、ほかの人だってきっとそうだ。
……まだデビューもしてないのに心配するのは早いかもしれないけど。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 15:53:53.92 ID:eEvQNTrc0
それでもって、放課後。
笑美ちゃんへの質問攻めも少しばかり薄くなった頃。
笑美「ほな、レッスンいこか?」
李衣菜「うん……」
既に疲れはすごいことになっていたけど。
初レッスンでもあるわけだしはりきっていくことにした。
どんな内容なんだろう?
私でもやっていけるのかな?
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:04:21.68 ID:eEvQNTrc0
レッスンはトレーナーさんがコーチしてくれた。
声の出し方だとか、ステップの踏み方だとか。
基礎の基礎なんだろうけど、うまくやるのは大変で。
笑美ちゃんも苦戦してるみたいだった。
笑美「はぁ……うまくいかへんなぁ……」
李衣菜「難しいね……はぁ」
思ってたよりも、ずっと。
アイドルって、大変なのかな。
ロックバンドとか、楽器の演奏ってもっと大変なんだろうな……
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:14:29.48 ID:eEvQNTrc0
結局、満足いく内容にはならなかったけどその日のレッスンは終わり。
基礎の基礎を、それなりにできるようにはなった、かもしれない。
笑美「いやー、アイドルなめとったわ……しんど」
李衣菜「そうだね……笑美ちゃん、ポカリ飲む?」
笑美「お、おおきに。……ちゃんづけやめてええってば」
李衣菜「あ、ごめん……笑美?」
笑美「そうそう。ウチかてりーなのこと呼び捨てなんやから」
どうも、むずむずする。呼び捨てって、最初のタイミング逃すと難しい……
いや、笑美ちゃんはいいって言ってるんだけれど。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:27:15.42 ID:eEvQNTrc0
それからまた、数日たって。
笑美ちゃんが学校に馴染んで、質問攻めもなくなって。
レッスンも少しだけ慣れてきた。
笑美「りーなはええ声しとんなぁ」
李衣菜「笑美はいいステップ踏むよね」
笑美「ロック?」
李衣菜「んー、まだロックってほどではないかな」
笑美「さよか……で、ロックってなんなん?」
李衣菜「……ここに響く感じ、だと思う?」
笑美「そこ疑問形にしたらあかんやろっ」
ぺし、とツッコミ。
こんな風に少しふざける余裕があるぐらいには。
……で、ロックってなんだろう?
ロックになりたいとは思ってたけど、よく考えたらなんなのかわかんないや。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:39:24.46 ID:eEvQNTrc0
笑美ちゃんとわかれて、電車に揺られて。
地元の駅前で、奇抜な髪形の女の人を見かけた。
年は私とそんなに変わらないだろうけど、立派なリーゼント。
すれ違っただけだけど、なんかビビっと来た。
あれは……ロックだ。うん、見た目が。
……という話を、翌日学校で笑美ちゃんに話してみたところ。
笑美「それってあれちゃう? ライバル事務所の……聞いたことある気がするで」
李衣菜「え、そうなの?」
笑美「ふっふーん、時は金なり、や。笑いには情報も必要なんやで」
あの人、アイドルなのか……すごいなぁ。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:50:04.82 ID:eEvQNTrc0
それからも少しずつレッスン、レッスン。
歌も歌えるようになって、ステップも踏めるようになった。
……まだまだ、未熟だけど。
プロデューサーからもそろそろ、活動を始めてみるかって聞かれて考える。
確かに、デビューもしてみたいけど……でも。
そう答えたら、じゃあほかのアイドルを見てみるか、って聞かれた。
他のアイドル。華々しく輝いてる、765プロや、961プロの人たちのことを想像したけど、違うって言われた。
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 16:57:49.07 ID:eEvQNTrc0
じゃあ、どんな?
……近くの、事務所。うちとほぼ同規模のところから最近デビューしたアイドル。
そんな人がいるって聞いた。
いろいろと、参考になるだろうって。
李衣菜「……それって」
笑美「ひょっとしたら、りーなが見たっちゅう人のことかもしれへんなぁ……」
李衣菜「あの、ロックな髪形の人だね」
アイドルだとしたら、リーゼントのままなのかな?
それとも、髪を下してたりするのかな?
ちょっと、気になった。
笑美「プロデューサーはん! ウチ気になるしいきたい!」
あ、先を越された。
プロデューサーに、私も行きたいと伝えるとわかった、と笑った。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:06:59.18 ID:eEvQNTrc0
割ととんとん拍子で話は進んだ。
……といっても、ミニライブに観客として見に行っただけなんだけれど……
その人は、相変わらずリーゼントで、すごく楽しそうに歌っていた。
観客は、ほとんどいなかったのに。
木村夏樹。それがあの人の名前。
一緒に歌ってたのは松永涼、っていう人らしい。
笑美「はぁ……ウチらよりうまいかも……ってりーな? どないしたん?」
李衣菜「……今の私たちだと、これよりももっとお客さん、来ませんよね」
プロデューサーに質問をしてみた。
少し考えた後、YESの返事。
それもそうだ、私たちより上手くて、先にデビューしてた人がこれぐらいなんだから。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:15:10.66 ID:eEvQNTrc0
笑美「なんや、ずいぶん弱気やなぁ……」
李衣菜「うん……」
あの2人が歌ってた曲はロックだった。
……お客さんはあんまりいなかった。
アイドルを見に来た人に、ロックは受けないのかな、なんて思ってしまう。
ロックなアイドルを目指したいと思ってたけど、私はロックに詳しくない。
かっこいいと思うから聞いてるだけで、種類もよく、わかってない。
だったら、いっそ。普通のアイドル路線のほうがお客さんも呼べるのかな……なんて。
笑美「……悩んどるんなら話してな。ウチら、パートナーやろ?」
李衣菜「あ、うん……ありがと」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:23:56.55 ID:eEvQNTrc0
プロデューサーからも、もう少しレッスンをしてみようか、って提案された。
私には、まだ自信がない。ロックなアイドルって、うまくいかないかもって思ってしまったから。
うまくいきたいと、有名になりたいと思ってロックなアイドルになる、って言ったわけじゃないけれど、
先が見えないとこんなに不安になるんだなって思う。
私がしたいのは、なんだろう?
そんな風に悩みながら、家に帰る途中。また、あの人を見かけた。
立派なリーゼントに、私より一回りぐらい大きな背。
ロックな雰囲気をまとっている……木村、夏樹。

67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:26:47.72 ID:eEvQNTrc0
夏樹「……ん?」
李衣菜「あっ……」
目が合った。
すぐにそっぽを向いて知らんぷりすればいいのに、目がそらせない。
向こうも、少し考えたそぶりをした後こっちに近づいてくる……って、なんで!?
夏樹「なぁ、アンタ」
李衣菜「は、はいっ?」
また声が裏返る。
夏樹「ひょっとして、今日のライブ見に来てくれてなかったか?」
李衣菜「……へ?」
68 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:33:40.04 ID:eEvQNTrc0
夏樹「あっれ、勘違いかな……悪ぃ」
李衣菜「あ、いや! その! 見てました!」
夏樹「あ、やっぱり? よかったぁ……はは、そのヘッドホン。覚えてるよ」
私のお守りのヘッドホン。これが見つかる理由になるなんて……くぅ。
でも、向こうは私のことを知らないみたいだし、別に……平気だ。
夏樹「よかったらさ、感想とか教えてくれねぇかな?」
李衣菜「感想って……」
夏樹「アタシらのライブ。どうだったよ?」
李衣菜「あ……それは……」
ど、どうしよう? こんなに親しげに来られると……困るんだけどなぁ。
69 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:39:57.86 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「私は……ロックとか、好きですけど」
夏樹「ホントか!? ジャンルは? 曲は? UK? ハード? パンク? プログレッシブ?」
李衣菜「え? え?」
な、なにそれ知らない! ロックってそんなに種類あるの!?
夏樹「っと、悪い……つい。えーっと、ロック好きなんだよな?」
李衣菜「あ、うん……いちおう……」
夏樹「そんじゃあまぁ、率直に聞くけど……どう思った?」
どうって、それは……うまく言葉にはできないけど。
李衣菜「えっと……すごくロックだった、かな?」
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:47:58.91 ID:eEvQNTrc0
夏樹「ん、そっか……ならいいか。サンキュ」
李衣菜「え、あの」
夏樹「ん? どうした?」
李衣菜「……ロックで、アイドルなんて難しいんじゃないかな」
夏樹「あぁ、やっぱりそう思う?」
李衣菜「うん。だってロックって、普通の人は聞かないじゃん」
夏樹「……んー」
夏樹さんが顎に手をやって考える。
正直に、自分の考えをぶつけちゃった。
アイドルなのに、ロックなんて流行らないんじゃないか。
だって、普通の人って興味ないし。ロックは、かっこいいけど、可愛くはないから。
71 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 17:55:53.75 ID:eEvQNTrc0
夏樹「アタシは……まぁ、これは持論だけどさ」
夏樹さんがぽつぽつと、話し始める。
夏樹「ロックって、曲調のことじゃないと思うんだよな」
李衣菜「じゃあ、何のことだと思うの?」
もう一回、質問。
夏樹「……難しいけどさ、それはそれぞれの中にあるんじゃないかな」
李衣菜「それぞれの中に……?」
夏樹「そ、アタシの中のロックはあれだってこと……まだ十分には表現できてないけど」
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:02:46.82 ID:eEvQNTrc0
夏樹「自分の魂が震えりゃロックだよ。世間でポップスって言われてたり、たとえ演歌でもさ」
李衣菜「魂が、震える……」
夏樹「だからアタシは、アタシが好きな曲を歌う。それで誰かが夢中になってくれりゃうれしいしさ」
李衣菜「……」
魂が、震える。私が、初めて聞いたとき。ビリビリってして、夢中になった。
私は、きちんとロックを好きになってたのかもしれない。
あの時の、衝撃を。忘れてたかもしれない。
夏樹「って、まだまだなんだけどな。ファンにこんなこと話しても……」
李衣菜「ファンじゃないよ」
夏樹「……なんだって?」
74 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:06:06.86 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「なつきち!」
夏樹「は?」
李衣菜「私の名前は多田李衣菜……アイドル、見習い! ライバルだから! ファンじゃない!」
夏樹「……アンタ、アイドルだったのか?」
李衣菜「まだ候補だけど! でも負けない!」
夏樹「負けないってなぁ……」
李衣菜「私もロックだから!」
夏樹「……へぇ」
少し、表情が変わる。
試すような視線。
75 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:10:59.17 ID:eEvQNTrc0
夏樹「負けないって、具体的にどうする気だ?」
李衣菜「それは……」
……考えてなかった。どうしよう?
李衣菜「えっと……それは……」
夏樹「……ま、いいや。アタシのこと、なんて?」
李衣菜「え? えっと……」
呼び捨てしようと思ったら、ちょっとひるんで、それで……出た言葉は……
李衣菜「な、なつきち……?」
夏樹「なつきち、か……ん。ただりいな、だっけ」
李衣菜「そ、そうだよ」
夏樹「じゃあ、だりー。アタシらはライバルってことでいいんだな?」
李衣菜「だ、だりー?」
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:16:31.61 ID:eEvQNTrc0
夏樹「なんだ、あだ名じゃないのかよ?」
李衣菜「あ……そ、そうそう! そういうことだよ!」
夏樹「……」
李衣菜「な、なにさその視線! わ、私はロックだからね! 負けないから!」
夏樹「わかってるっての。じゃあ、今度はアンタのライブに招待してくれよ」
李衣菜「も、もちろん!」
答えちゃった……言っちゃった。
もう、後には引けない。
やるしか、ない。
77 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:23:34.93 ID:eEvQNTrc0
なつきちと、番号の交換。
それで、別れた。
別れてすぐに、また携帯を取り出して、電話帳を呼び出す。
パートナーに、ライバルへ喧嘩を売っちゃったことを伝える。
笑美『……はぁ、ほんま、りーなは時々暴走すんねんな……』
李衣菜「だ、だって、こう、ぐわーって! ぐわーって来たんだよ! これはもう、言わなきゃって思うよね!?」
笑美『あぁ、別に反対しとるわけやないで? ウチかてそないなことになったらいってまうわ』
李衣菜「で、でしょー?」
79 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:29:12.61 ID:eEvQNTrc0
笑美『で、やる気まんまんはええけど自信は?』
李衣菜「ないかも?」
笑美『ないんかいっ!』
電話の向こうからいつもの調子の言葉が聞こえる。
あぁ、落ち着くな。漫才も、慣れてきちゃった。
李衣菜「でもさ、やりたいって思うことに全力出すのって……」
笑美『ロックやな』
李衣菜「あっ、先に言われた!?」
笑美『ええやん……ウチかて、パートナーならロックやないと、やろ?』
李衣菜「……それもそうかなぁ?」
笑美『せや。やから、りーなもボケとツッコミできるようにならんと、やでー』
李衣菜「それはおかしくないかな!?」
82 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:41:07.89 ID:eEvQNTrc0
それから、他愛ない内容の話をして。
明日はオフだけど、事務所に行くことにした。
それで、プロデューサーに言うんだ。
覚悟は決まったって。それで、私のロックをみんなに届ける!
どんな曲が歌いたいかはまだ、よくわかってないけど。
可愛い衣装とか、曲だったとしても。
きっとそれが誰かのロックになれるって思うから。
83 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:45:04.89 ID:eEvQNTrc0
李衣菜「私のロックで、あなたをロック、なんてどうかな?」
笑美『……6点』
李衣菜「ひくいっ!?」
笑美『あ、100点満点でやから安心してーな』
李衣菜「なお悪いよ!? もうっ……」
笑美『ま、ええやん? ……がんばろな』
李衣菜「当然! 全力で伝えるよ、私たちのロック!」
ロック・フォー・ユー。
私のロックが、届きますように。
おわり
84 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:46:06.65 ID:eEvQNTrc0
予定より短縮。にわかでもいい、強く育ってほしい
だりーなCDデビューおめでとうっ!
保守支援ありがとうございました!
85 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:46:38.54 ID:M21YgLxK0
お疲れ様
こういう丁寧なのが増えるといいな
87 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:48:57.96 ID:USD0Fi520
おつおつ。CDデビューおめでとう
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 18:52:38.79 ID:i6mBE3gK0
乙 いい誕生秘話だった
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/12/02(日) 19:01:52.39 ID:CEykqpm9O
だりーな!だりーな!だりーな!だりーな!だりーなよかった!
乙!
引用元:http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1354422914/