1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 14:46:48.82 ID:LcE57xhF0
「わたくしは……」

武力行使の惑星から逃げ出した宇宙飛行士。
それがわたくし、星のお姫様。

「小さな小さな星の、ひとりぼっちのお姫様。
 今は、その星さえも……」

少女の頃から設計が始められ、作りあげられた一人乗りの小さなロケットに乗り込み
19回目の誕生日を迎えた頃に
大空に光る尻尾を引いて地球を飛び立ったのです。

惑星を周回する観測衛星を追い越し、静止衛星を見送った後
液体燃料ロケットを停止し光子ロケットに切り替えました。

こんな風に始まったわたくしの旅の物語は
辺りが静かになって初めて聞こえたのでした。




3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 14:48:57.40 ID:LcE57xhF0
まず初めに降り立った月の表面は光る砂で敷き詰められ
日本庭園のように岩が所々に置かれていました。
真ん中には水の無い川が静かに流れ
その畔ではそよ風が暗闇の中へと小石をせっせと運んでいくのです。

月の裏側には表側に比べ、クレーターが多く
大小様々に掘られた穴の中に、いくつかより深く掘り返された穴がありました。
穴の一つの中に、地球を見た事も無いと言う女性がひっそりと住んでいました。
彼女は穴の中でスコップを突き立て、その隣で膝を丸めて座っています。
その髪は肩で切り揃えられ、真っ白なワンピースは清楚な彼女の印象に重なり
それはとても、とても良く似合っていました。

名前を聞くと、彼女はか細く繊細な声で

「雪歩ですぅ」

と短く簡潔に答えました。
透き通るような肌の色と召した服の色とに
まさに調和し、イメージ通りの名前だと感じました。




4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 14:52:09.94 ID:LcE57xhF0
「何故、明るい方へ移らないのです?」

と聞くと、彼女はわたくしと目を合わせずにこう答えました

「私には興味が無いんですぅ……。ここで幸せなんですぅ。
 それにこの宇宙は広いようでホントは、何も無いだけなんですぅ。
 それよりもあなたは、何故一人で旅をなさるんですか? 」

わたくしは

「知りません。でも、それを知るために旅をしているのだと思います」

と自信無く返しました。
彼女は不思議そうな切ない顔をしましたが
わたくしは月を後に火星へと向かったのです。




5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 14:55:37.83 ID:LcE57xhF0
火星にはロボット文明が栄えていて
最初に降り立ったロボットの偶像が祭られていました。
きゃらぴらの上に人間の上半身を乗せたような格好で胸にはHALの文字が刻まれています。
全体は丸みを帯び、その頭には帯状のアンテナが飾られています。

災害を免れた栽培は植物をもたらし、
椰子かバナナ程もある大きな葉の表面は光沢を帯び
葉の付け根には赤く拳ほどの大きさの実が付いています。
手にとってみるとズッシリと重たく、中からは
黒く、硬く、丸くて平たい種が出てきました。

その植物があたり一面に寸分の狂いも無く並べられ
葉っぱ達は太陽に向けられ囲いで寒さから守られています。
地平線の先を畑の真ん中から眺めていると、
ロボット達が作業を進めながら近づいてきます。

何世代かの改修を経て、独自の進化を遂げたと思われる姿は
二本足で歩くようになり、まるで人間のようです。
しかしその頭には偶像と同じように帯状のアンテナが畳まれて乗せられ
胸にはHAL-CAとなった型番号が刻印されています。

「それは、我々のものです。返していただけますか?」

そう言ってわたくしの手の平の中の種を指します。
ロボットの抱えた籠の中にその種を返すと

「ありがとうございます。これはこの星での通貨のような物なのです」

と言われました。




6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 14:58:00.11 ID:LcE57xhF0
「あなた達は機械なのに、植物を大事に育てているのですね」

と感心するとロボット達は

「他に何を大事にするのです」

と素っ気無く答えて仕事場へと戻っていきます。

「わたくしは今、何が大事なのか探しているのです」

と慌てて言うと、彼らは加えてこう言いました。

「水星に行ってごらんなさい。
 あそこは誰も住んでいないからゆっくり考え事が出来るでしょう」




9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:02:33.42 ID:LcE57xhF0
こうして次にやってきたのが水星です。
なるほど、この星には誰も住んでいません。
でも他にもわたくしのように憩いを求めてやってくる旅人も居ました。
腰まである青みがかった髪が地面に付く事も気にせず座っています。
わたくしがその人を見て

「ごきげんよう」

と言うとむこうは迷惑そうに

「ごきげんよう」

と言います。
きっとその人も一人で考え事をしに来たのでしょう。




10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:05:49.23 ID:LcE57xhF0
それからわたくしは長い長い一日の中で色々と考えました。
これまでの事。これからの事。
星の事。民の事。

『わたくしだけが乗る訳には!』

『これは一人用です。
 貴女でなければならないのです』

『どうか、我々の為を思うのならば』

気が付くと辺りはすっかり暗くなり、一日が終わろうとしていました。
見上げると一際大きな惑星に、大きな渦が巻いています。
次の目的地が決まりました。
そして、発つ時に旅人に

「また」

と言いました。その人も

「また」

と言いました。




12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:09:15.89 ID:LcE57xhF0
木星は打って変わって大変にぎわっていました。
皆新しく出来た斑点を一目見ようと
色んな惑星からの学生や家族連れが
崩れた石を採集して楽しんでいます。

「見て見て! この渦おっきいー!」

「うわー! ホントだ! こんなの初めて見たYO!」

「ほら、あんた達。あんまりはしゃいで勝手にどっか行くんじゃないわよ」

双子でしょうか。良く似た容姿の2人が、互いの手を握りながら
走り回っています。

その後ろではメガネをかけた女性が、声をかけながら追いかけています。

わたくしは、と言いますと
旅をしているはずみに寄っただけでただそこに佇み
風に涼みながら景色を一人で眺めていました。
そして地球の事を考えていました。




14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:12:30.58 ID:LcE57xhF0
「どうしたの」

と背後で声がするので振り向くと
そこには浅葱色の影を持つ少女が立っていました。
小柄な身体には不釣合いにも見える長い髪を後ろで束ね、
大きな瞳を細めて微笑む少女に思わず見惚れてしまいました。
わたくしが何も言えずに彼女の容姿を観察していると

「君の影が泣いていたからさ」

とぽつりと言うので、わたくしは少し考えてから

「今わたくしの星はもっと泣いているのです」

と答えました。少女は

「知ってるよ、地球だろ。よかったら自分んちにおいでよ」

と笑って飛び立っていったのであとを付いていくことにしたのです。
そして次の朝には金星につきました。




15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:15:38.76 ID:LcE57xhF0
金星は一日が一年よりも長いという不思議な星です。
硫酸の雲を通り抜けると褐色の大地が広がり、
それは熱い、熱い空気に包まれました。

「あそこでピクニックをしているのが自分の家族だよ、
 ハム蔵は物知りだから話してみるといいよ」

少女が指差す方向には、確かに敷物の上でくつろぐ一団が見えました。
しかしその形は全くのバラバラで、おおよそ同じ種族には見えません。
熊ほどもある四足の者や、空を羽ばたく者、
中にはわたくしの苦手なあの生き物に似て、手足を持たずに地を這う姿の者も居ました。

少女に連れられ8000年も生きているというねずみ色の影を持つ
小さな少女の小さな『家族』に、わたくしの身の上話をしました。

「ああ、空気がありすぎてパンクした星ね。
そりゃ一度は行ってみたいけど住んでみたいとはおもわねえな」

と言われて、何も返せずに困っていると、
彼はもう少し優しくこう言いました。




16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:19:32.88 ID:LcE57xhF0
「わかるかい、みんな落ち着ける場所さえあればいいのさ、
 誰もが壁のないような部屋に入れられていると、
 ゴキブリのように隅を探したくなるもんさ」

わたくしがその意味を理解できるようになったのはずっと後のことです。
ハム蔵氏は

「とにかく明日は久しぶりに土星でオリンピックをやるから、
 行ってみて感じてきなさい」

とだけ言い残してぐったりと眠ってしまいました。
わたくしは少女にありがとうを伝えてから、その日のうちに土星へと向かったのでした。




17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:23:00.01 ID:LcE57xhF0
土星では思ったより慎ましいオリンピックが開催されていました。

「みんな参加することに意義があるんです!」

と一酸化炭素ボンベを背負った冥王星人が胸をはって言いました。
競技はただ一つ、宇宙遊泳の美しさを順番に競うのです。
メダルもありません。
宣誓をした黒髪の冥王星人が一番手で、見事な舞で見る者の目を奪い
大きな喝采を浴びました。

「へへっ! やーりぃ!」

と拍手の渦の中で華麗にぽぉずを取る彼は
後で彼女なのだと知りました。

参加者は順番がまわる毎に、それぞれ違うすたいるながらも誰もが華麗に踊り、
小柄で巻き髪の海王星の少女が一番きれいに舞いました。




19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:26:51.42 ID:LcE57xhF0
いつのまにかわたくしの番になって、遠慮をしていると

「あなたの星の人はどんな舞をするんですかー?」

と訊かれ

「わたくしたちは地面に足がくっついているので、できないのです」

と答えると

「そんな不自由な人たちもいるんですね、かわいそうです……」

とまわりに真剣に同情されました。
わたくしはそのとき何かを言いたかったのですが、
なんだか悲しくなって土星を離れました。




20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:30:00.51 ID:LcE57xhF0
結局最後に残ったのは、わたくしと太陽と地球、この三つでした。
真っ暗闇の宇宙で絶えず燃える太陽は、辺り一面を大事に照らしているのですが
ほとんどの光は反射されることなく、永遠に休みなく走っていきます 。

わたくしが目をつむって太陽を浴びていると、
自分がしゃべる声がかすかに聞こえました。

「わたくしは恋しい、美味しい空気
 音と匂いと形と色が
 水と草と動物と人が
 夜明けと夕方と昼と夜が
 雨と晴れと曇りと雪が
 春と夏と秋と冬が」

これを聞いてわたくしは、自分のなかの疑問がゆっくりと、
消えて去っていくのがわかりました。
わたくしは太陽にお礼を言ってから、涙を捕まえて地球へと向かったのでした。




21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:32:18.72 ID:LcE57xhF0
月曜日は月に降り立って
火曜日は火星の植物と戯れて
水曜日は水星で一休み
木曜日は木星で友達に会ってから
金曜日は金星でピクニック
土曜日は土星の輪っかでオリンピック
日曜日には太陽に光を浴びに行って
暑くなったので地球へと帰ったのです。

………
……




22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:33:45.21 ID:LcE57xhF0
「貴音さん、何持ってるんですか?」

貴音「真……? これです」

真「『星の王子さま』……? 」

「その本、私も大好きですぅ」

真「やぁ、雪歩」

雪歩「四条さんの眼鏡姿って、なんだか新鮮ですね。
   ……あれ? 何を聞いてるんですか?」

貴音「えぇ。このCDを……」

真「『緑黄色人種』……。へぇ、不思議なタイトルですね」

貴音「この中に、『星の王子様』という曲があるのです」

雪歩「へぇ~……聞かせてもらっても良いですか?」

貴音「ふふ。どうぞ」




23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:36:15.04 ID:LcE57xhF0
雪歩「……なんだか不思議な曲ですぅ」

真「でも、優しい曲だね。
  ……どうして貴音さんはこの歌を聞いて、寂しそうな顔をしてたんですか?」

貴音「……え?」

雪歩「今にも泣いてしまいそうな目をしてました……」

貴音「そうですね……。昔を思い出していました」

真「昔?」

貴音「ふふ、トップシークレットです」



『貴音「星のお姫様」』
終わり




24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:37:20.58 ID:5WOWmM1C0
オツなの



25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:40:04.00 ID:htfZAcUk0
乙さー



26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/11/21(水) 15:43:56.79 ID:LcE57xhF0
読んでくださってありがとう
歌のまんまだから、興味持って聞いてくれる人が一人でもいてくれたら良いな
じゃあね





引用元:http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1353476808/l50