1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:15:14.85 ID:8yMJb82f0
~12月24日 早朝~

時折強く吹く風に揺れる窓の音を除き、何一つ音がしない早朝の765プロダクション事務室。

しんと静まり返った部屋に置かれたシンプルなデスクに、この765プロのプロデューサーが腰掛けていた。

P「…まだ5時か。眠れないからといって事務所に来たのは間違いだったな。」

引用元: P「あれから10年」


3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:17:16.71 ID:8yMJb82f0
所在なさげに引き出しを右手で漁る。

P「ん?」

雑多に詰め込まれた書類の中に、一つこつんと硬い手ごたえがあった。

P(なんだこれ…DVD?)

手にとって見てみると、「20xx年 ライブ映像1」というラベルが貼られていた。

何の気無しに、スリープ状態になっているコンピュータを起動し、DVDを挿入する。

再生ソフトが起動し、眩いライトに照らされたステージが画面に映し出される。

P「これは…」

7: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:22:46.17 ID:8yMJb82f0
幾分あどけなさが残る顔付きのアイドル達が、いまひとつ乗りの悪い観客を沸かせようと必死に踊っている。

それに反し、観客からのコールは段々と小さくなっていく。

そんな、芸能関係者ならば誰もが目をそらしたくなるような状況が暫く続いた後に、ステージに立った一人のアイドルが客席に語りかける。

艶やかな金髪の少女。見紛うこともない、765プロのアイドル、星井美希だ。

P(間違いない。これは、あの日の…765プロのアイドル達を一躍有名にしたライブの映像だ。)

P(俺はこんな映像とった覚えは無い。誰かが俺にくれたのを書類と一緒にここに突っ込んだのか…)

P(それにしても、懐かしいなぁ…)

8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:27:25.94 ID:8yMJb82f0
今年の5月ごろに開催したオールスターライブに比べれば、歌も踊りも稚拙さが見て取れる。

しかし、カメラにおさめられている彼女達の目は、未来への希望で爛々と輝いている。


今の彼女達の目とは、対照的に…


不意に後ろからドアが空く音がした。

「早いですね!プロデューサーさん」

11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:33:44.67 ID:8yMJb82f0
P「ああ、おはよう、春香。」

再生を一旦止め、彼女の方へ向き直る。

春香「あ、何見てたんですか?」

P「20xx年のライブ映像。引き出しを漁ってたら出てきてな。」

P「春香は覚えてるか?このライブ。」

再生ボタンをクリックし、再びDVDを流し始める。

とことこと相変わらず危なっかしい足取りで歩みよってきた春香は、暫く何も言わずじっと画面を見つめていた。

春香「忘れるわけ、無いじゃないですか。私達の原点とも言えるライブなんですから。」

優しい微笑をたたえて、そう答える。

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:39:08.80 ID:8yMJb82f0
春香「懐かしいですね… 本当に。こうして見るとまだまだ駄目なとこばっかりだけど、なんだかこの頃の私が羨ましいです。」

P「春香…?」

春香「今の私には無いものをたくさん持っていて、すごく輝いて見えます。」

P「春香は今だって変わらず輝いてるじゃないか。」

春香「いえ、私は良くも悪くも随分変わってしまいました。この765プロだって…」

P「まぁ… 確かにこのプロダクションはこの10年で色々変わってしまったな。」

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:44:14.38 ID:8yMJb82f0
P「あの小さなビルから、都心の馬鹿でかいビルに事務所が引っ越して」

P「社長が退職なさって」

P「あずささんが運命の人を見つけて寿退社して」

P「千早がマイクを置いて、やよいがアナウンサーに転向して その他の皆も次々と765プロを離れていって」

18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:49:11.51 ID:8yMJb82f0



P「そして今日、天海春香がアイドルを引退する。」



19: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 12:55:27.05 ID:8yMJb82f0
改めてその事実を口にすると、今日まで押さえつけてきた寂寞が急激に大きくなる。

心にまた一つ、ぽっかりと穴が開くような悲しみ。

P「なんだか最近、俺の知っている765プロが無くなっていくように感じるんだ。」

あのライブ以来ずっと胸ポケットに入れている、全員集合でとった写真を眺める。

その台詞を聞くと、今まで黙していた春香がいつになく神妙な面持ちで口を開いた。

春香「確かに…それは私も時々感じてしまいます。」

20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:00:07.75 ID:8yMJb82f0
春香「全然有名じゃなかった頃から一緒に頑張ってきた仲間が一人、また一人と辞めていくのはやっぱりさびしいです。」

春香「年をとるのだけは避けられないから、仕方ないことなんですけどね…」

そこまで言うと、声のトーンを上げて明るい調子で後を続けた。

春香「でも、プロデューサーさんは違います。」

21: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:05:28.49 ID:8yMJb82f0
春香「プロデューサーさんはまだまだ、お仕事が続けられます… あっ 別に働けーって言ってるわけじゃないですよ?」

P「ああ、わかってるよ。」

春香「だから、そんな弱気になってないで、ちゃんと親身に新しく入った子達の面倒を見てやってください。」

春香「あずささんや千早ちゃんが辞めた頃から、ちょっと仕事に身が入ってないの、皆気付いてますよ。」

P「え… 自分じゃ変わらずやってるつもりなんだけどな。 まぁ確かに思い返せば物思いに耽ってることが多かったかもしれないが…」

25: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:10:38.02 ID:8yMJb82f0
春香「プロデューサーさん、私達…引退したアイドルが何より見たいのはプロデューサーさんと後輩達の活躍です。」

春香「だから、もっと本気で彼女達の世話をしてあげてください。」

春香「私達にしてくれたように、やりたい仕事をとってきてあげて、悩みの相談に乗ってあげてください。」

P「うん…」

P「自分でも切り替えなきゃいけないとは思っているんだ。」

P「でも、春香たちは俺が初めてプロデュースを手がけたアイドルだ。その存在は、俺にとって物凄く大きいんだよ。」

28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:15:05.78 ID:8yMJb82f0
春香「ふふっ ちょっと嬉しいです。それ。でも出会ってしまったらいつかは、こういうお別れが来てしまうんです。」

P「ああ。」

春香「私達よりも何倍も頑張ってきたプロデューサーさんが踏ん切りがつかないのは分かります。」

春香「でもこんな場面をあの子達に見られたら、不安がっちゃいますよ。」

春香「今は表面上だけでも、気丈に振舞ってあげてください。」

春香「そうしているうちにきっと、新しいやりがいとか想い出とかがたくさんできます。」

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:20:47.34 ID:8yMJb82f0
P「ああ…そうだな。 すまない。ちょっと過去にとらわれすぎていたな。」

ぱんと手を叩いて立ち上がり、本棚からスケジュール帳を取り出す。

P「じゃあ、明日の引退会見のことだが、場所は一昨日CMをとった場所で、時間は10時から。」

P「あと・・・

延々と事務的な内容を述べる。

春香に言われたように、今までと同じように振舞うために。

30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:25:45.71 ID:8yMJb82f0
一通りの説明と打ち合わせを終えた春香が帰宅し、765プロ事務所には再び静寂が訪れた。

P(仕事にまで影響が出ていたとは…自分でもショックだな。)
 
P(よく体調でも悪いのかと聞かれるのはそのせいだったのか。)

P「アイドル達に余計な心配かけて…プロデューサー失格だったな。」

P「明日から、気合を入れなおしていこう。俺の仕事はまだまだたくさんある。」

決意を胸に、朝事務所に入ってきたときよりも少しだけ力強い足取りで、事務所をあとにした。

31: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:30:29.51 ID:8yMJb82f0
~12月25日 12時~


早くも撤収作業が進むセレモニーホールの隅に、『元』アイドル・天海春香はぼうっとした表情で立っていた。

会見はスムースに進み、予定通りの時間に終了した。

メディアからも引退を惜しむ声が多くきかれた。

恐らく、言い方によっては「良い時期」に引退をしたんだろう、と春香は内心に思った。

無論口には出せない。

その隣には、彼女の引退を誰よりも惜しんでくれたプロデューサーが立っている。

32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:35:52.82 ID:8yMJb82f0
P「なぁ春香、このあとご飯でも食べにいかないか?」

春香「いいですね。どこに…あれ?」

P「ん?」

春香は入り口のドアを凝視したまま硬直している。

視線を辿ると、その先に見慣れた人影があった。

34: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:42:25.27 ID:8yMJb82f0
P「響、それに貴音も… どうしたんだ?」

まだアイドル活動を続けている二人が揃ってどこかに顔を出すことは珍しい。

引退会見を見に来た、というわけではなさそうであった。

貴音「今日の引退の会見は、真に良きものであったそうですね。」

P「あ、ああ、まぁな。」

38: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:48:23.86 ID:8yMJb82f0
貴音「しかし、会見を開いただけで」

響「いっちゃうのは」

貴音「水くさい、というものです。」

春香「えっと… 一応あとで事務所には顔を出そうとは思ってるんだけど。」

貴音「ふふっ 分かっていませんね。私達は貴女と話がしたいのです。」

貴音「この先、恐らく貴女と今までのように会うことは叶わないでしょう。」

貴音「ですから、最後の想い出に相応しいお話をしたい、と言っているのです。」

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:53:21.06 ID:8yMJb82f0
春香「え…あ…うん。 そうだね。」

元々仲の良い765プロであったが、スケジュールを合わせてまで白昼駆けつけてくれるとは思っていなかった。

春香「。あの…こんな時間に大丈夫なの?」

響「なんくるないさー!」

響「仕事より、春香と話をすることの方が大事だもんな。」

貴音「ええ、その通りです。」

春香「えへへ… 二人ともありがとう。」

42: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 13:58:26.57 ID:8yMJb82f0
少しばかりぎこちなかった春香も、旧知の仲である貴音や響と話すうちにいつも通りの明るさを取り戻していた。

とりとめのない世間話を続ける三人。

本来のセレモニーホールの使用時間は過ぎていたが、Pが密かに延長手続きを進めたお陰で三人の談笑が邪魔されることはなかった。

P(やっぱり、ああして皆と話してるときの春香の目は昔のままだな。)

P(春香には世話になったもんだな。)

P(自然と周りに笑顔が溢れる性格でうまく皆を取りまとめてくれて。)

44: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:03:35.49 ID:8yMJb82f0
2時を告げる柱時計の鐘が鳴った。


響「げっ もうこんな時間?さすがにそろそろやばいぞ…」

貴音「まだまだ話し足りないのですが…」

春香「うーん…時間なら仕方ないよ。遅れたら大変だし。」

響「ごめんなー。」

春香「ううん、いいの。来てくれただけで凄く嬉しい。 あ 最後に一つだけお願いしていいかな?」

45: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:09:14.30 ID:8yMJb82f0
貴音「なんでしょう?」

春香「いつもみたいにさ、円陣組んでくれないかな。」

響「おお、いいなそれ!」

貴音「まこと、良きあいであです。やりましょう。」

三人が円状になり、三人の手が重なる。

春香「プロデューサーさんも入ってください!」

46: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:15:37.85 ID:8yMJb82f0
P「あ、ああ。」

春香「よぉーし、じゃあ…いきますよ」

重ねた手に力を込める。

春香「765プロのこれからの活躍を願って」

貴音「失礼。」

春香「へ?」

貴音「共に組む最後の円陣としても、これからの活躍を願うにしても、少々人が足りないのではないですか?」

春香「えっ…」

47: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:19:04.73 ID:8yMJb82f0
貴音が手を叩くと、ドアから人の塊がなだれ込んできた。

衣装を着た、まだ幼い少女達…765プロの新人アイドル達だ。

恐らくライブから直行してきたのであろう。

息が上がっている人も少なくない。

48: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:24:55.34 ID:8yMJb82f0
その後ろには、懐かしい顔ぶれ。

ステージ衣装を置いてもなお、輝きを失っていない面々。

如月千早、三浦あずさ、高槻やよい、星井美希、双海姉妹・・・

少し後ろに萩原雪歩、水瀬伊織、菊池真。

更に音無小鳥、秋月律子に加えて社長の姿もあった。

765プロをともに支えてきた仲間達が、そこに勢ぞろいしていた。

49: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:31:12.30 ID:8yMJb82f0
春香「えっ…皆どうしたの?!」

新人アイドル達「天海先輩!今までありがとうございました!」

新人アイドル達「先輩みたいなトップアイドルを目指して頑張ります!」

新人アイドル達「お別れは寂しいですよ。」

口々に感謝と惜別の言葉を並べる。

千早「久しぶりね、春香。今までお疲れさま。」

やよい「お疲れさまでした!」

51: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:36:51.01 ID:8yMJb82f0
千早「春香。でも、これきりではないわ。」

春香「へ?」

千早「765プロは、成長したといってもまだ層が薄いわ。」

真「まだまだボク達が影から支えていかないとね。」

貴音「ええ。ずっと『一緒に』頑張っていきましょう。」

春香「皆…」
  
春香「うんっ!」

52: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:43:33.28 ID:8yMJb82f0
春香(私の知っている765プロが無くなってしまったなんて、とんだ勘違いだったんだね。)

P(何も変わってない。新しい子が沢山入って、より賑やかになって。)

春香(「影から支える役目に回る人」が増えて。)

P(でも。)

春香(皆で、765プロなんだよね。)

P(皆が居るから、765プロなんだな。)

春香(今まで頑張ってきた人も、これから頑張っていく人も。)

P(皆一緒だから、輝けるんだ。)

53: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:51:05.24 ID:8yMJb82f0
春香「プロデューサーさん。」

P「ああ、「765プロの皆」で円陣、組みなおそうか。」

差し出した春香の手の上に、十数人の手が重ねられる。

それはまるで、咲くことを待つ大輪の蕾のように。


P(いいもんだな、仲間って。)

54: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 14:58:52.53 ID:8yMJb82f0
春香「いっくよーーー!」
 

春香「765プローー!」



「「「「ファイトーーッ」」」」」




大きく、大きく。

花が咲いた。

そうして手を振り上げた彼女の姿は、あのライブのときの彼女と重なるほど輝いていた。

55: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 15:03:10.74 ID:8yMJb82f0
~某日 10時~


P「さぁ、いよいよシークレットライブ開幕だ。気合入れていけよ!」

新人アイドル達「はいっ!」

P「よし、いってこい!」


アイドル達を送り出し、一人舞台袖に残されたプロデューサー。

深呼吸をし、胸に手をあてる。

P「今日も頑張っていこう。みんな。」

その胸ポケットには、あの会見の後にとった『全員』集合写真がおさめられていた。


おしまい

56: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 15:06:04.02 ID:szLxzvTt0

57: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 15:07:11.63 ID:QRjbS7kaO

こんな未来もあんのな

58: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 15:08:52.82 ID:+w6MBdi00
乙でした

62: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/17(月) 15:22:24.88 ID:8yMJb82f0
お付き合い頂きありがとうございました。